第40回・東北三大祭「仙台の七夕祭り」を8月6日に見てきました。(東北三大祭り・青森のねぶた祭り・秋田の竿燈祭り)四大祭りとなると「山形の花笠祭り」・五大祭りは「盛岡のさんさん踊り」となるそうです。平塚の七夕祭りも有名ですが、違った綺麗さを味わってきました。
仙台駅西口構内 中央通り七夕飾り 中央通り七夕飾り 一番丁通り七夕飾り(夕景) 一番丁通り七夕飾り(夕景)
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 09.08.06 第40回仙台の七夕祭りを見てきました、見所は仙台駅西口から一番丁通りまでのルート1(中央通り)と一番丁に突き当たった場所の
左右への笹飾りがメインとしての見所であろう、星の宵祭り会場定禅寺通りはアーケイドになっておらず撮影は困難だった(雨が降ったりやんだりの気
象条件のため)、平塚の七夕は大型のクレーンを使用し笹飾りを吊ってあるため見た目では綺麗なのだが、写真画像と成るとこのクレーンが余分な棒
のように画像に移り、何回も来ていると、めざわりに見える、まして平塚の七夕は毎年、使いまわしで四角内の人物のパネルが変わっているだけで、毎
回行っていると、ああ今年も又、使いまわしかと思われるが、製作費用が安くて100万円、高いのは1000万円以上に成るそうだ、使いまわしも、仕方
ない事であろう、でも平塚はカラクリ人形が有ったり、さまざまな工夫が見て取れるため、初めて七夕を見る方には平塚の七夕の方がお勧めかもしれ
ない。
 雨に見舞われたため、仙台城址公園の伊達政宗公の画像を撮影するのはやめにした。七夕の笹飾りはアーケードに展示設置してある為ほとんど撮
影には影響がなかった。
 七夕の由来、及び詳細は平塚の七夕のページをご閲覧下さい( 07年平塚の七夕 ・ 09年平塚の七夕 )昼食及び夕食はベコ正宗で、伯方の塩
牛タン定食、1.5人前とトロ牛タンの握りずしなどを食べたが、私が自宅で調理した牛タンの方が、よほど美味しく感じられる、牛のテールスープは美味
しかった、仙台は行く前は利休で牛タンを食べようと思っていたが仙台の人づてで、「ベコ正宗」で食した。ランチタイムとはいえ値段は2000円から35
00円ほどかかるが牛タン、及びすし店は何処も30分位の待ち時間であった、さすがは、仙台の七夕祭りで、人出は雨が降っているのに想像以上の人
出であった。翌8月7日は今日以上の雨にもかかわらず、日本三景の松島は人ごみで溢れかえっていた、私も箱根のアジサイやその他観光地へ出向く
のだが、6割のひとは60歳以上のツアー観光客・2割5部がカップル・あとは家族連れの様に思える、今の年配の方々はとても元気だ、私は足が悪い
せいも、あって帰宅すると筋肉痛にいつも、さいなまれる。
 明日から日本三景の松島のHPを作成するのでそちらも見てね。
 今日(8/9)は私の居住する集合住宅のバーべキュウ大会が開催され、毎年の事とはいえ、今年こそは写真撮影はしないつもりでいたが、理事の方に
金管楽器の演奏者の写真を撮ってくれと頼まれ、いやとも言えず撮影に応じた、これからプリントアウトに精を出そう、明日は按針祭花火大会があるが、
撮影出来ないかも知れない・・・・・ 忙しい・忙しい
☆ 仙台の七夕の概要 ☆

 
七夕祭りは本来、旧暦7月7日の行事であり、仙台でも例外ではなく7月7日に行われ、8日の朝に飾り物を付けたまま川に流されました。その様子が、
「伊達13代藩主伊達慶邦(だてよしくに)公の随筆「やくたい草」、『楽山公御造稿』4巻に記載されています。

 昭和2年、不景気を吹き飛ばそうと、商家の有志達が仙台商人の心意気とばかりに、華やかな七夕飾りを復活させました。久しぶりの笹飾りの光景を目
にした仙台っ子達は喝采し、飾りを一目見ようとする人達は街に溢れかえったそうです。
 翌昭和3年、元来旧暦行事だったのを新暦日付の月遅れ、民族学上、中暦と呼ばれる8月6日、7日、8日の3日間にわたり東北産業博覧会の行事とし
て、さらに盛んな催し事にしようと、仙台商工会議所と仙台協賛会の共同開催でもようされました。この年が仙台七夕が完全に復活した、記念すべき年と
されていますが、再び勃発した戦争で七夕飾りは街から消えてしまいました。
 終戦の翌昭和21年、一番町通りの焼け跡に52本の竹飾りが立てられました。当時の新聞(昭和21年8月7日河北新報)には「10年ぶりの”七夕祭り”
涙の出るほど懐かしい」の見出しで報じられるほどでした。
 その後の七夕は商店街振興から観光イベントへと変貌して行きました、現在では竹飾りだけでなく夜に行われる市民パフォーマンス等を取り入れた「星
の宵祭り」も人気を集め、前夜祭として(5日)打ち上げ花火大会が盛大に(50万人の人出)行われ、人気を集め、名実ともに日本一のスケールを誇る七夕
祭りとなりました、今年も、私を含め多くの人達が、ここ仙台の七夕祭りの鑑賞のために、全国各地から訪れていました。